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オマーンは、かつてアフリカのザンジバル(現タンザニア)やパキスタンのマクラーン地方などを支配していた、海洋王国である。

1507年にポルトガルに領有されたものの、1650年にはマスカトを奪回、1698年にはモンバサの要塞フォート・ジーザスを陥落させている。

19世紀には、ブーサイード朝のサイード王はアフリカ領土を支配していたマズルーイー家を下し、マクラーン地方を領土に組み入れ、オマーン海洋帝国を興し、ザンジバルを首都として栄えたという。

サイード王亡き後、ザンジバルはマージド王が、オマーン本土はスエィニー王が支配するなど分裂する。

主に象牙や奴隷取引など、交易によって栄えたオマーン帝国は、スエズ運河と蒸気船の登場で次第に衰え、1890年には英領となる。

1948年の時点で、ザンジバルには44560人のアラブ人がいたという。

1964年には、ザンジバル革命によって、タンガニーカとザンジバルは統合し、タンザニア連翹共和国となる。

ハワーリジュ派から分派したイバード派のスンニ派イスラム教徒が多いという。

産油国であり、1人あたりGDPは20000ドルを超える。